京都アニメーション第1スタジオへ

あの忌まわしい放火事件から3週間過ぎようとしています。

私自身は京アニ製作のアニメはほとんど見ていませんでした。

ただアニメ好きなので、数々の作品は存じていました。

「けいおん」にしろ、「聲の形」にしろ、印象的に思ったのは、背景画が特徴的だなと。メインのキャラクターを殺さないように、それでいて全体のインパクトを上手く表現させてる背景だなぁと。

「君の名は」や「天気の子」の新海誠の作品も背景は綺麗ですが、京アニの背景はレトロな綺麗さ。わかりやすく言うと、前者がビデオ撮りの時代劇で、後者がフィルム撮影の時代劇みたいな、そんな印象を私は持ちました。

そういえば来年「シン・エヴァンゲリオン」が公開されますが、今回はどうかはわかりませんが、以前のエヴァでの背景画も京アニが担当していました。

私の好きなロボットアニメや、かつてのタツノコプロの作品、「機動戦士ガンダム」の動画など、今まで見てきて夢中になったアニメで京アニの技術はたいへんお世話になってきたわけです。

ちょうど京都に用事があったので、現場へ合掌してきました。

事件から3週間、今尚若いアニメファンが献花に訪れています。当然、私もさせていただきました。ちょうど近鉄六地蔵駅から線路沿いの、京アニ第1スタジオへ向かう路地の場所に献花場が設けられています。

私はその場所で京都新聞の記者さんから「取材関係の方ですか?」と間違われました。フリーランスのカメラマンと思ったらしいです。そこで軽い取材を受けるというハプニングもありながら、さっそく第1スタジオの現場へ向かいました。

 

京都アニメーション第1スタジオは、普通の住宅が建ち並ぶ真ん中にありました。スタジオと住宅までの距離は数メートル。この近辺の住宅地に京アニのスタジオはすっかり溶け込んでてひっそりとありました。

でもその姿は現在痛々しい。煤けた匂いは未だにしてきます。屋上の鉄柵らしきものが煤けてひん曲がっています。窓はシートで覆われていますが、当然でしょう。近隣の住人はここで起きた犠牲者の断末魔を耳にしていたかもしれません。悲惨な光景を思い出してしまいかねません。

私の知人の子供にもアニメーターを目指してた子がいました。その後、どこに就職したかはわかりませんが、京アニを目指してたかもしれません。

若いアニメーターには京アニは憧れの職場だったでしょう。それに若い有望な方が大勢ここで名を挙げ活躍を夢見たり、何らかの形でアニメ製作に関わりたいと目指してここに来たかたも多いでしょう。

亡くなられた方は無念だったでしょう。ご冥福を祈ることと、現場で合掌することしか私にはできません。

奇跡的に命が助かった方も、火傷の重症度によっては一生背負っていかなければならない怪我となってしまった方もおられるとおもいます。言い方が悪いかもしれませんが、「助かった方が辛くなる」という現実がないとは限りません。それほどこの事件は重大なことを多く含んでいると思います。

こんなことは絶対許されません!

つい最近、どこかのアホが脅迫で「ガソリン巻いたろか」といった事件があったみたいですが、どうしてそんな口が利けるのか、理解に苦しみます。

この事件により精神的に追い込まれてPTSDになる可能性だってあるんです。

単純に誰々が何人亡くなった、とか犯人は京アニに恨みがあったとか、それだけでは終わらない課題がたくさん残っています。

マスコミもそうですし、我々一般人もそういったセンシティブな面での問題も真剣に考えていかなければなりません。

「こんなことをしたら、相手はどうなるだろうか? どんな気持ちになるだろうか?」といった相手の立場に立った行動が今の日本人には足りないような気がします。

相手を思いやって過ごしていきましょう。私も心掛けます。

 

 


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