意拳学から学ぶ養生と技撃 意拳の特長

2.意拳の特長

a) 意拳は人体の自然反応能力の養成を目標とする

例1)

天気が暑くなると、人は体内環境の温度(体温)を安定させるため汗をかく ⇒ 発汗で部分的な熱量が除かれ、体温は相応に下がる

この反応は自然の反応であり、大脳を通して意識的に制御したものではない。

例2)

小さな虫が眼に向かって飛んできた時、眼は自然に瞬きをし、眼球を損傷から守る(大脳の意識的な制御を受けていない)。

 

この2例は共に自然反応によるもので、この二つの反射は先天的な無条件反射(意拳学の原文は非条件反射と表現している)によって実現されている。

無条件反射とは?

*意拳学では、この反射に関わる表現がよく登場します

 

本来関係のない刺激のもとで、無条件反射を繰り返すと、条件刺激だけで無条件反射と同じ反応が起こるようになる。

例えば、

サッカーのPKで、ゴールキーパーの眼はゴールに飛んでくるボールの情報をとらえ、神経を通じて大脳に伝達し、大脳が意識を通して反応動作の命令を発し、再び神経を通じて筋肉などに伝達する。筋肉は情報を受けた後に収縮を始め、反応を起こす。

しかし、このような過程を経て動いていては、時すでに遅しでボールはゴールのネットの中である。

なので、キーパーはボールを見てから動くのではなく、普段の練習過程においてボールの来る方向へのイメージで判断して、繰り返し絶えず訓練することで ”動ける体”を作りだしていく。 なので、敵チームがボールを蹴ろうとするとき、キーパーは既に相応の反応をしていて準備ができているので、事前に一方へ飛びかかることが出来る。

 

では、拳術ではどうか?

互いに向かい合って立ち会いをしていて、向かってくる拳を見てから、如何に技を繰り出そうかと考える事は不可能で防ぎようがない。

王向齋先生は仰ってます「交勇する者、思悟するべからず」。

 

 意拳では如何なる方法で、この反応に関するテーマを解決しているのか?

 

b)意拳は「意」を重んじる

意拳は、意念活動をもって人体の潜在能力を導き出し、身体と精神の一致(形神合一)に達することを目的とする。

意拳は心の動き・心に思っていること(意)の誘導に基づいて各種の訓練活動を行います。

 

人体の随意筋(自分の意識下で動かすことの出来る筋肉、主に骨格筋)の毎回の収縮運動は、皆、まず大脳から指令を発し、筋肉が収縮し力を生み出す。その力によって身体運動の変化を引き起すことになります。

大脳は時間の延長に従って絶えず指令を発し、神経が絶えずそれを伝達し、筋肉は一連の収縮を行い、運動の全課程を形成します。

これでわかることは、大脳の意識活動は運動中において終始、主導的で筋肉の収縮活動はそれに追随する立場であって、

つまり意念によって筋肉の収縮力は生まれ、収縮力によって運動過程は完成する!

王向齋先生の弁「『意』の字を挙げるに、概ね精神をもってする、即ち本拳は、意感と精神の義を重んずるなり」

「意は力の総帥と為し、力は意の軍と為す」

 

これにより意拳の学習においては、意をもつことがまず先決であって、各々の動作は、まず動作の意念活動を明確にした上で、初めて動作の正確さを論じることができる。

 

《意拳を学び始めた初心者の陥りやすい過ち》

一つの動作をした後、先生に間違っていると指摘され、言われたとおりに直そうとするが、やはり間違っている。さらに反復して正そうとしても尚も間違っている。生徒は五里霧中に陥ってしまい、どうすればいいか分からない。

これは「意」の点から正確さを求めないからである。ただ形体動作の点のみを改変しても永久に正確さを求めることはできない

故に意拳は先に「意」を求めるのであり、もしこの特徴を掌握する事ができたら入門できたと言ってよいでしょう。


Prev Next

Comment

コメントを残す

CAPTCHA