東洋医学の古典 素問を解説 上古天真論篇(養生法)

第一 上古天真論篇

これからしばらくの間、定期的に「黄帝内経・素問」の解説を行っていきますが、この古典の内容は「黄帝という王様と、臣下であり医師である岐伯、雷公などと言う人達との問答形式で書かれています。

養生法、生理、病理、病因、病症、診断法、治療法、予後など、医学全般にわたっています。

 

では第一篇からみていきましょう。

 タイトルの「上古天真論」の解説から

「上古」とは、中国史の後漢までの歴史時代をいいます。それだけ古い時代ということです。

「天真」とは、先天的に与えられたもので、「腎気」「精気」をいい、つまり生まれながらの生命力といえるでしょう。

上古の真人(仙人あるいは徳を得た人)がよく養生の道を研究し、寿命をのばしていたことを褒め称えている。人の生、成長、衰、死の変化から、長命であるか若死にであるかに至るまで、すべては「天真」の盛衰にかかっている。それゆえに、生を養い精を保つことは人々の健康にとって重要な意義がある。

本篇は主としてこれらの問題を論じたものであるから「上古天真論」といいます。

 

昔、黄帝は、生まれつきとても聡明で数ヶ月で言葉を話し、幼少時代から物事に対する理解力がとても強く、成長した後は、誠実で物事に対する高度な理解と分析の能力をそなえていた。成年に達して、天子(天命を受けて天下を治める者)となった。

黄帝が岐伯に問う:

「私は『上古の人はみな百歳になるまでも生き、しかも行動は衰えたりしてはいなかった』と聞いていえる。ところが、現在の人は五十歳になるやならずで動作が衰えてしまう。これは時代環境が異なっているためなのか、それとも人々が養生の道にはずれているためなのか?」

 

岐伯が答える:

「上古の人のほとんどは、養生の道理をわきまえ、陰陽にのっとり、術数に合わせ、飲食には節度があり、労働と休息にも一定の規律があり、妄りに動くことをしませんでした。それゆえに肉体と精神とは、とても健やかで盛んであり、彼らが当然享受すべき年令まで生きて、百歳を過ぎて世を去ったのです。」

「現在の人はそうでなく、酒を水のように貪り飲み、異常なことを平常として生活し、酔っては房事(セックス)を欲しいままに行い、色欲のおもむくままにして、精気を使い果たし、真元を消耗させてしまいます。充満された精気を保持することを知らずに、常々精力を用いすぎ、一時の快さを貪り、養生に反して享楽しています。労働と休息とに一定の規律がありません。こんなことだから五十歳になるやならずで衰えてしまうのです。」

 

紀元前の時代には、我々のような科学的な医学は存在していませんでした。でもその時代に百歳まで生きる人は沢山いて、その方法を論じています。ここはたいせつなポイントです。検査してレントゲンを撮ったりして行う健康維持ではないということ。

この時代の養生法さえやっておけばいい、ということではありませんが心掛けることで現代でも活かせる健康法だと思います。

ここまでをまとめると

1.飲食の過不足がないようにすること

好き嫌いや食べ過ぎなど

2.ストレスをため込まない、過労をおこさない

3.酒に酔ってのセックスは良くない

 

これがまず始める養生の基本となってます。では次回は養生の重要な原則について

 

 

 


Prev Next

Comment

コメントを残す

CAPTCHA