東洋医学の原点、黄帝内経・素問を知ろう

世界中の鍼灸師や漢方医に今尚、読まれて研究・検証され臨床の助けになっている黄帝内経。

この書物は「素問」と「霊枢」で構成されており、「素問」は主に養生などの日々の暮らし方について書かれたものです。

最初に書かれたのが中国の前漢時代といわれ、幾度となく加筆修正を繰り返し、失伝している箇所も幾つかあります。

しかしながら本文に書かれた内容は、当時の中国の暮らしにおいての養生や医学なので、その2000年前の医学書が今尚、愛読され続けているのは、それがやはり”本物”であるからでしょう。

ただ当時と現代の、人の暮らしぶりは大きく変化しています。それを理解して読むことが大切です。

初めて読まれる方は、池田政一先生著の「素問 ハンドブック」

これが簡潔に書かれてて手頃でしょう。

それ以上に興味を持たれた方は、原文の書かれたものを読むと歴史も感じれて面白いと思います。

ってことで、今回から「素問」について歴史的背景もみながら解説したいと思います。

 

秦の時代が終わるときにそれは始まった

始皇帝の死後、戦乱の世が続いた。司馬遼太郎の小説ともなった「項羽と劉邦」がこの時代です。

前漢の全盛期は紀元前141年の劉徹(武帝)の時代。

この時代の思想は黄老思想と刑名思想で、全盛時の武帝が傾倒した神仙思想やその当時流行った巫蠱などがあり、後の神秘思想も高度化され、陰陽五行説・天人相関説・災異説などが出て来ました。

 

 武帝の傾倒した神秘思想とは?

前漢の劉徹(武帝)は不老不死を願っていて神秘思想に傾倒した。それに伴って巫蠱が流行するようになる。

 

巫蠱とは、憎い相手の木の人形を作り、これを土に埋めることで相手を呪い殺すもので、日本でいう貴船神社の丑の刻参りのようなものでしょう。

また、天人相関説とは天と人は密接な関係があり、相互に影響を与えあっているという思想。

陰陽五行説とは、この世の全ての事象は木火土金水の五行に分類され、それが循環することでこの世が成り立っているという考え。

災異説は、意思をもった天が自然災害や異常現象を起こして人に忠告を与えるという考え方。

 

 

これらの思想は、後に東洋医学の考えの基盤ともいえる思想です。

黄老思想というのは、黄帝を始祖とし老子を大成者としたことからのように称されます。

では始祖とする黄帝とは誰なのか?

最古の医学書「黄帝内経」とその名を冠せられた黄帝。次回黄帝について解説します。

 

「素問」本編にはまだ入りません(笑)。

 

 

 


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