日本初のクラシックF1レース公式戦   出走マシン紹介③

1982年 MARCH 821

1977年でワークス撤退していたマーチがカスタマーであるRAMレーシングのために用意したマシン。エイドリアン・レイナードとエイドリアン・ニューウェイという豪華メンバーが81年型マーチ811Bを改修して製作した。この821/RM11はヨッヘン・マスのレースカーとしてオランダGPで登場。フランスGPでリタイアしたのを最後にマスが離脱。以降ルパート・キーガンがシートに収まるが、最終戦ラスベガスGPで12位完走を果たした以外はすべて予選落ちかリタイアに終わる。

 

1980年 WILLIAMS FW07B

 

パトリック・ヘッドが設計し1979年シーズン前に登場したウィリアムズFW07は、80年になってモノコックを強化するなどの改良を施した”B”スペックに進化。アラン・ジョーンズがシーズン5勝を挙げ初のF1タイトルを獲得した。この鈴鹿でのマシンはFW07Bの2号車で、アルゼンチンGPでジョーンズのスペアカーとしてデビュー。ブラジルGPでは3位表彰台を獲得している。

 

1981年 WILLIAMS FW07C

1980年のチャンピオンマシン、ウィリアムズFW07Bのモノコックをスクエアなデザインに変更し剛性を強化、さらにサイドスカート禁止を受け車高調整可能なハイドロサスを組み込んだ”C”スペックでありFW07の最終進化型。今回鈴鹿に参戦する個体はアメリカ西GPでアラン・ジョーンズが優勝、ブラジルGPでも2位に入ったFW07/11。

 

1980年 McLAREN M29C

1979年に開発したマクラーレン初のグランドエフェクトカーM28の失敗を受け、同年第9戦イギリスGPから急遽投入されたM29。デビュー戦こそ4位に入るも、その後もチームは低迷した。ウォーレン・ブリックスのM29は、79年ドイツGPからパトリック・タンベイ用に用意されたM29/2で、80年はジョン・ワトソンのレースカーとして使用。ブラジルGPで”B”スペック、アメリカ西GPでモノコックやサスペンション剛性を強化した”C”スペックとアップデート。アメリカ西GPとカナダGPでこのマシンの最高位タイである4位を記録している。

 

1979年 ENSIGN N179

今年7月に亡くなったモーリス・ナンが1973年から82年まで率いていたF1コンストラクター、エンサイン初のグランドエフェクトカー。サイドポンツーンの効果を高めるため、デビュー当初はフロントカウルにラジエターとオイルクーラーを配置するという過激なスタイルで話題となったが、すぐにオーソドックスなスタイルにモディファイされた。ポール・タッタソールのN179は、79年南アフリカGPでデビューした個体で、デレック・デイリー、パトリック・ガイヤール、マルク・スレールがドライブ。イギリスGPでは13位で唯一の完走を果たした。

 

1985年 TYRRELL 012

ティレル012は1983年の第11戦オーストリアGPでデビューした、チーム初のカーボンモノコック採用マシン。84年の「水タンク事件」による全成績無効など、様々なトラブルに見舞われたティレルの内部事情もあり、そのまま85年まで使用された息の長いマシンとなった。鈴鹿でのこのマシンは85年に製作されたマーティン・ブランドルのレースカー。合計6レースに出走したが、フラットボトム規定3年目となってはさすがにターボ勢には歯が立たず、開幕戦ブラジルGPにおける8位が最高位となった。

 

 

DATE:2018-11-17 WEATHER : Fine COURSE : Dry 国際レーシングコース 5.807km

優勝は ロータス91 カーナンバー12

2位 フィッティパルディF5A カーナンバー1

3位 ヘスケス308E カーナンバー24

 

 


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