東洋医学の経穴(ツボ)について 〜源流編〜

鍼灸師である私が当たり前のように、治療点として利用していて、一般の方々にも「◯◯に効くツボ」などと認知されている経穴(ツボ)。

このツボの起源は石器時代にまでさかのぼります。

当時、人類はまだ動物の種から分かれたばかりで、物事を認識したり理解したりする能力も幼稚だった。生存する環境も劣悪で、医療や保健など先の話。

そんなある時、狩の途中で尖った石や植物のトゲで体表を傷つけてしまったり、出血したりすることで、本来あった痛みが偶然楽になるといった現象が度々起こりました。

同じような現象を何度も経験することで、この現象に人々が関心を持つようになり、そこで石の塊などを使って体表を刺激すると痛みが軽減することを徐々に覚えていきました。

要するに経験に基づいてデータを集めていったわけです。当然、失敗して症状が悪化したこともあるでしょう。それも含めて経験値を上げていきました。

新石器時代に入ると、生産能力が向上し人々は研磨技術を身につけるようになり、かなり精巧な刺鍼治療用の石器を作り始めた。「砭石(へんせき)」と呼ばれるものである。

砭石は刺鍼治療用だけでなく、感染によって化膿した局所を切開し膿を出させる外科用にも使われていました。これらの道具は「鍼石」「ザン石」などと呼ばれてました。

製作技術の進歩に伴い、動物の骨、竹木、陶土などが使われるようになり、砭石よりも加工しやすく様々な形の刺鍼道具が作られるようになりました。

灸法の発明もツボの発展に大きく貢献しました。

火を使い始めると、まず火に向かい暖を取るようになり、後で火であぶった石や土の塊を体に当てて寒さを除くことを覚えていきました。

それからそれを”ある部位“に当てると、寒さを防ぐだけでなく、ある種の痛みを軽減できることに気付きました。

さらに古人は、ある部位を焼灼することで疾病の症状が軽減することも発見しました。その中でも植物の枯れ草を燃やせば、体表上の特定部位に顕著な効果を得られることを知りました。

このように体表面に何らかの刺激を与えることで、体が良い方向に向かうことを経験から学んでいきました。

伝説上の人物である伏義が九鍼を創ったという説話は砭石誕生の基礎の上に成り立っている。

伏羲(ふっき・ふくぎ、- Fu Hsi または Fu Xi)は古代中国神話に登場するまたは伝説上の帝王。宓羲庖犧包犧伏戯などとも書かれる。伏義伏儀という表記も使われる。三皇の一人に挙げられる事が多い。姓は。兄妹または夫婦と目される女媧(じょか)と共に、蛇身人首の姿で描かれることがある。

中国 殷の時代には鍼、火鍼、灸などの療法があって、作用点であるツボの数もかなりあったと思われます。

そのほとんどの治療効果は「痛を以って兪と為す」という、つまり痛い所のツボに作用点を求めていたという、経穴の認識の初期段階にあったということです。

まずは、痛い所から…  何事もそこから始まる。


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