日大アメフト部の危険タックル騒動で見えてくる闇

日大アメフト部の危険タックルの一連の騒動。監督やコーチがだんまりを決め込む中、20歳になったばかりの加害者学生が実名・顔出しで「潰せと指示があった」と告白。

それにも関わらず日大も内田前監督も、「受け取り方の違い」と、安倍政権ばりの不誠実なごまかしを続け、会見では司会者が報道陣に逆ギレするという醜態まで演じる始末。 刑事事件にも発展しかねない大問題が勃発しているのに、れっきとした教育機関がなぜ、このような対応ができるのか?

内田前監督が計画的に学生を追い詰め、悪質タックルを無理矢理やらせたことが確定的になったが、その内田前監督は日大の常務理事で、人事部長。学生に犯罪行為を強制するような人物が経営幹部に座り、人事を牛耳っている。

そして事件が顕在化すると、今度は一転して、すべてを”鉄砲玉”に責任をおおいかぶせて、本人は知らぬ存ぜぬを決め込む。これはほとんど暴力団と同じじゃないでしょうか。

でも実際、これは比喩でもなんでもなくて、日本大学には実際に組織のなかに暴力団的な体質が浸透しており、それは日大の最高権力者に暴力団との関係の噂が絶えないことが、その理由である。

 

日大の最高権力者 田中英壽理事長

 

 

”日大のドン”の異名を持つ田中英壽理事長。日大相撲部部出身で、日大相撲部監督に就任したのを足がかりに、常任理事、そして2008年トップに登り詰めた田中理事長は、いまや学内では「誰も田中理事長には逆らえない」と言われるほど絶大な権力を握っている。さらに日本相撲連盟の役員を務めたり、日本オリンピック委員会(JOC)でも副会長という要職を務めていたこともある。

今回の事件を引き起こした内田前監督は、この田中理事長の子飼いで、内田氏が常務理事にまで出世したのも、このような事件を引き起こしながら、その常務理事を辞任せずにすんでいたのも、すべて田中理事長の存在、威光にほかならない。

 

田中理事長にまつわる闇

2014年「週刊文春」(2月13日号)でとんでもない記事が掲載された。国内2位の組員数を誇る指定暴力団・住吉会の福田晴瞭会長(当時)と仲良く写っている写真である。 この写真は1998年、田中理事長がホテルニューオータニで開かれた福田氏の会長就任パーティに出席した際に撮られたもの。住吉会側は田中氏の立場を慮って招待状を出さなかったというが、田中氏が自ら駆けつけたのだという。

田中理事長と闇組織との関係はさらに、表に出てくる。2015年、今度は日本最大の暴力団トップ、山口組六代目・司忍組長とのツーショット写真が複数の海外メディアに掲載された。 

日大理事長というだけでなく、JOC副会長、さらには国際相撲連盟会長などを歴任する大物人物と指定暴力団幹部との交友に、海外メディアが”東京ヤクザオリンピック”などと報じるなど大きな波紋を呼んだ。https://www.thedailybeast.com/the-yakuza-olympics

この記事に対する日大側の対応は「合成写真」と疑惑を否定。

実は、このツーショット写真は海外メディアに報じられる前の2014年の段階で、複数の日本メディアにも送りつけていた。

 ところが、同時期に日大の田中理事長の批判報道を行っていた右翼・敬天新聞社が襲撃されるという事件が起きました。そして、その直後にマスコミ各社に「掲載したら同じ目に合わすぞ!」という脅迫電話がかけられたという(クリックすると、その当時の敬天新聞の記事が)

その結果、日本のマスコミはこの写真の報道を見合わせ、翌年、海外紙が報道したときも、日大側が「合成写真」などと疑惑を否定すると、そのまま収束してしました。

私が思うには、指定暴力団に対する暴対法の影響で、以前のように暴力団が猛威を振るうことが困難になり、以前なら暴力団の援助で有耶無耶にできてた事象が今回はマスコミのターゲットになり、今まで圧力をかけて有耶無耶してきた積年の恨みが溢れ出てきたのではないかと想像します。

 

まだまだある”日大のドン”の闇社会との関わり

田中理事長のこうした闇社会との関係は日大相撲部監督時代からだという。戦後最大の経済事件といわれたイトマン事件や約束手形をめぐる詐欺事件・石崎産業事件などで知られる許永中との関係である。

当時、許永中に騙された被害者が東京地検特捜部に陳述書を提出しているのだが、そのなかに、許の自宅を訪問した際、相撲協会の境川理事長と当時日大相撲部監督の田中氏が同席していたため、すっかり信用してしまったという旨のくだりが出てきます。

つまり、田中理事長は許の詐欺に協力するほど、許と親しかったらしい。そして許との関係を足がかりに、闇社会人脈を広げていった。

2005年6月23日号の週刊文春に、日大関係者のこんな証言が掲載されています。

「田中氏は許被告から様々な闇人脈を紹介されたらしく、許被告に紹介された山口組の大幹部に、数百万もする高級腕時計をもらったと学内で自慢していました」

しかも、田中理事長はこうした闇人脈を学内における権力掌握に利用していった。田中氏がまだ常務理事だった2003年、日大では瀬在幸安総長らに”実弾入り”の脅迫状が送られるという事件が起きるが、そのときに関与が疑われたのが、田中氏だった。

田中氏はもともと瀬在総長の側近だったが、ある時期から切られ、反瀬在派の急先鋒的存在になっていた。当時、日大は2005年の総長選に向けて佐々木副総長を推す瀬在総長派と小嶋理工学部長を推す反瀬在派に真っ二つに割れており、田中氏は小嶋氏陣営の黒幕として瀬在派の切り崩しを行っていた。

「事件への関与は結局、不明なまま終わったが、こうした闇社会との関係が無言の圧力となり、瀬在派は切り崩され、結局、田中氏の推す小嶋氏が学長になった。田中氏はその後も、学内で暴力的な恫喝を繰り返し、恐怖支配を敷くことで、権力の階段を上っていったんです」(当時を知る日大関係者)

 

暴力団排除条例の施行されても、闇社会との繋がりがなぜ問題にならないのか?

 

実は、その理由は田中理事長の警察人脈にあるといわれる。日大は伝統的に警察への就職が多いことで知られるが、田中理事長はさらに政界や警察トップと直接的に関係を築いてきた。警察官僚出身の亀井静香・元衆院議員、國松孝次・元警察庁長官、野田健・元警視総監などとは非常に親しい関係にあるという。

しかも、田中氏は最近になって、警察とのパイプをさらに磐石にする装置をつくっていた。それは、今回の一件で「危機管理学部があるのにまったく危機管理がなっていない」などと揶揄されている危機管理学部。ちなみに危機管理学部は、この日大を含め日本で3校にしかないが、後の2つは加計学園が運営する千葉科学大学と倉敷芸術科学大学である。

それはともかく、2016年に新設された日大の危機管理学部には大きな特徴があって、それは専任教員に各県の県警察本部長、内閣情報調査室内閣参事官、元内閣官房、公安調査庁など警察エリートがずらりと並んでいること。

日大の不正体質を追及する月刊誌「FACTA」2016年5月号(ファクタ出版)によると、危機管理学部は〈田中氏は、警察庁、法務省、防衛省、国土交通省のサポートを受けることで、文系初の危機管理学部の体制を整えることに成功した〉もので、〈その本質は「国家権力に恩をうる『天下り学部』」だと指摘している。

ようするに、田中理事長は警察の天下り先を用意することで、さらに権力を磐石にしてきたのだ。

実は、日大では田中理事長以前から、闇社会に太いパイプをもち、金銭スキャンダルにまみれた人間が経営を牛耳るというのがパターンになっていた。1960年代の日大闘争では、大学当局がヤクザや右翼学生を金で雇い左翼学生鎮圧に動いたことは有名だし、総長、理事長選挙などでは現ナマが飛び交い、対立候補に対する暴力的な脅し、怪文書攻撃なども繰り返されてきた。

しかし、そのなかでも、暴力団と警察をバックにした田中理事長の強権的支配は、“日大の帝王”と恐れられた古田重二良理事長時代にも匹敵するもの。そして、その田中理事長の片腕として、手腕を振るってきたのが、他でもない今回のアメフト事件を引き起こした内田前監督だった。

内田前監督は昨年、日大陸上部のコーチが不倫を報じられた際、陸上部の助監督を「田中理事長に汚点をつけたとして、パンチでボコボコに殴る蹴るの大立ち回りを演じた」と前述の敬天新聞などでも報じられているが、こうした暴力的なやり口で学内を黙らせてきた。

そして、こうしたトップの体質が組織全体に広がり、日大は学内でパワハラやアカハラ、暴力団との癒着などが横行する状態となってきたのだ。

そういう意味では、今回のアメフト部の事件はたんに一部活動の不祥事でなく、日大の体質が生んだ、起こるべくして起きた事件と言っていいでしょう。

だが、これまでと決定的に違うのは、アメフト部の悪質タックルが大騒動になったことによって、国民の批判が日大の体質にまで集まり始めたこと。

内田前監督も常任理事を辞任するようだが、何より、本当の大学トップである田中英壽理事長はいまだ公の場に姿を見せていないままである。

逃げ切ってしまうのだろうか?

ここでの情報源は、あくまでオープンソースであるネットですのであしからず。

 


Prev Next

Comment

コメントを残す

CAPTCHA