消えたテーマパーク「奈良ドリームランド」

奈良ドリームランドは第二次世界大戦後、約10年にわたり連合軍の占領地だった広大な土地に、1937年にそうの構想が持ち上がりました。

開園は松尾國三がアメリカのアナハイムのディズニーランドに感激し、ウォルト・ディズニーに直接面会し日本に誘致しようとしたことが建設のきっかけだったという。

当初、米国のディズニー社は松尾の申し出を本気にせず、「その時がきたら力になりましょう」と回答。しかし、松尾が技術者を連れて再び訪れたことで、松尾の熱意にうたれたウォルト・ディズニーは、ディズニーランドのノウハウを無償で与え、建設時にもディズニーランド側から技術者を派遣したという。でもあくまでも日本人が日本に独自の遊園地を作ることに協力するという目的のみで「ディズニーランド」の名所はもちろん、似たものを作ることは許されなかった。

そして日本独自のパークを作ることを前提に協力したのにも関わらず奈良ドリームランド側がディズニーランドを模倣し、質の低い施設を勝手に作ったことが、その後の日本版ディズニーランド(東京ディズニーランド)誘致に大きな障害となった。

東京ディズニーランド構想のとき、奈良ドリームランドの一件でウォルト・ディズニーが強い不信感を持ち「日本人は2度と信用しない」と生前語ってたという。

 

1961年に開園して、1993年にダイエーが吸収合併しましたが、後に経営権を他に譲渡。

元々休園日が毎週火曜日でしたが、2002年に土日祝のみの営業となり、2006年の夏休み終了日の8月31日で閉園となりました。それから10年間は廃墟と化し、心霊スポットとしての来客を待つのみとなりました。

心霊スポットや興味本位の来客で治安的にも良くないので2016年にようやく解体工事が始まりました。

今では当時の面影は全くありませんし、勝手に敷地内に入ることも出来ない状態です。

私は小学生のときに二回ほど、奈良ドリームランドに親に連れらて来たことがあります。楽しみにして訪れたドリームランド。父と母と楽しく過ごしてはしゃいでたこの場所が、跡形もなく虚しく消えてしまった姿は切ない気持ちになります。

しかし「ドリームランド」の名前が未だに残っている場所があります。かつて同グループだったローソンがこの跡地すぐ横に「ローソン ドリームランド前店」として営業しています。


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