3月20日ってどんな日⁉️

私事ですが、本日3月20日は私の誕生日になります。様々な方々から、お祝いメッセージをいただき、有り難く思います。

皆様、今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございます。

 

っていうわけですが、この3月20日って日には一体今まで何があったんでしょうか? 調べてみました。

結構、印象深い事件や出来事があったみたいです。では早速みていきましょう。

【1602年】オランダ東インド会社設立

1568年ネーデルランドの人々は、スペインからの独立を賭けて、「八十年戦争」と言われる戦いに挑みます。

一方、戦争の傍らでは技術と貿易によって財を成した資本家階級の商人たちが、アジア産の香辛料がもたらす莫大な富のために次々と会社を設立し、利権を争う状況になっていました。

欧州における当時の「インド」とは今日の「アジア」のことです。

オランダの連邦会議は、未開拓の地インドの利権に目をつけるようになり、1602年に商人たちが作った会社を一つにまとめて「オランダ東インド会社」設立しました。

オランダ東インド会社が、イギリスやフランスの東インド会社と最も異なっていた点は、キリスト教布教によるアジアの植民地化を目的にしてはおらず、貿易で得られる利潤にしか興味のない事でした。

このオランダ東インド会社が世界初の株式会社の姿カタチで、1602年の3月20日に世界初の株式会社ができた日なのです。

 

【1969年】ジョン・レノンとオノ・ヨーコが結婚

ジョン・レノンといえば、反戦やキリスト教批判などで物議を醸し出し、イギリスやアメリカで音楽活動も制限されてたとか。その影響かどうかはわかりまええんが、せんが、射殺されましたね。いろんな噂やイルミナティの影響で殺されたとか、憶測されてますが真偽のほどはわかりません。

そんなジョン・レノンとオノ・ヨーコが結婚した日が3月20日です。

 

【1995年】オウム真理 地下鉄サリン事件

《事件当日 》
1995年(平成7年)3月20日午前8時ごろ、東京都内の帝都高速度交通営団(現在の東京地下鉄(東京メトロ)、以下営団地下鉄)丸ノ内線、日比谷線で各2編成、千代田線で1編成、計5編成の地下鉄車内で、化学兵器として使用される神経ガスサリンが散布され、乗客や駅員ら13人[注 1]が死亡、負傷者数は約6,300人とされる。日本において、当時戦後最大級の無差別殺人行為であるとともに1994年(平成6年)に発生したテロ事件である松本サリン事件に続き、大都市で一般市民に対して化学兵器が使用された史上初のテロ事件として、全世界に衝撃を与え、世界中の治安関係者を震撼させた。
《事件直後 》
事件直後、この5編成以外の編成で事件が発生したという情報もあったが、これは情報の錯綜などによる誤報であり、5編成以外で発生はなかった。しかし、乗客等に付着したり、気化したりしたサリンは他の駅や路線にも微細に拡散していった。

《事件後のダイヤ 》
営団地下鉄では事件発生に伴い日比谷線の運転が不可能となり、霞ケ関駅を通る丸ノ内線・千代田線については同駅を通過扱いとして運行することにしたが、一時的に部分運休した(後述)。運転再開後はほぼ所定どおりのダイヤで運行したが、終電まで霞ケ関駅を通過扱いする措置をとった。

《オウム判明後 》
事件から2日後の3月22日に、警視庁はオウム真理教に対する強制捜査を実施し、事件への関与が判明した教団の幹部クラスの信者が逮捕され、林郁夫の自供がきっかけとなって全容が明らかになり、5月16日に教団教祖の麻原彰晃が事件の首謀者として逮捕された。地下鉄サリン事件の逮捕者は40人近くに及んだ。

幹部クラスには麻原・村井秀夫・遠藤誠一・井上嘉浩・青山吉伸・石川公一の6人がいたが、謀議に積極的発言をした麻原・村井・遠藤・井上の4人の共謀が成立するとし、同乗しながら謀議に積極的な発言が確認できなかった青山と石川の共謀の立件は見送られた。

東京地方裁判所は、首謀者の麻原彰晃を始め、林郁夫を除く散布実行犯全員に死刑を言い渡した。2009年(平成21年)12月10日、最高裁判所で上告が棄却されたため、総合調整役である井上嘉浩の死刑が確定した。

2012年(平成24年)6月15日、この事件に関与したとして特別指名手配されていた高橋克也が逮捕され、地下鉄サリン事件で特別指名手配されていた容疑者は全員逮捕された。

 

本当に忌まわしい記憶が蘇ってきます。平成生まれの若い人には、この事件を知らない方も多いようです。現在でもオウムの残党がヨガサークルを開催して、何も知らない若者をターゲットに取り込もうとしているらしいです。

この事件を知る世代はしっかり目を光らせておかないといけないですね。

そんなオウム真理教が仕掛けた地下鉄サリン事件が起こった日が3月20日なんです。

 

 

【2006年】第1回 ワールドベースボールクラシック 優勝

今年のワールドベースボールクラシックも準決勝、決勝と日が近づいてきました。予選リーグ無敗の6連勝で準決勝を迎える侍ジャパン。ここまできたら当然優勝ですね。

9回の表、日本は途中出場の金城龍彦がエラーで塁に出るものの、川崎の送りバントがキューバの好守に阻まれて失敗し一死一塁。しかし、西岡剛のセーフティプッシュバントが成功して一死一、二塁とした。ここで次のイチローは見事にライト前ヒットを放ち、二塁から川崎が本塁に突入。捕手のタッチをかい潜り日本は貴重な追加点を得た(詳しくは神の右手を参照)。キューバはこの後、一死二、三塁のピンチから松中を敬遠で塁を埋めた。ここで王監督は韓国戦で代打本塁打を放った福留を打席に送った。福留は今回も期待に応えてタイムリーヒット、日本は2点を追加した。さらに小笠原の犠牲フライでこの回だけで4点を挙げ、勝負はほぼ決まった。

その裏、大塚は二塁打、内野安打を打たれて1点を献上するものの、最後は二者連続三振でゲームセット。日本が世界一と初代王者の栄冠を勝ち取った。

その第1回目のワールドベースボールクラシックに優勝した日が今日、3月20日なんですね。

 

3月20日ってこうやってみると、記憶に残る出来事が多かったことがよくわかります。

私もいい意味での記憶に残る人間を目指そうと思います。

 

 


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