現代における武道・武術は何のために行なうのか?

 平和な日本(近年、物騒な事件が多いですが)、諸外国に比べれば治安はいいほうで、特に武術を身に着ける必要性もないようです。

では武術の存在意義は何でしょう?

武術・武道を始める動機とは?

武術を学ぶ動機で一般的なのは、「強くなりたい!」ではないでしょうか。ではその強さとは、どういったものなのでしょう?

強さ = 「喧嘩に勝ちたい」「身体を護れる力・術が欲しい」 という肉体的なものから、武術を通して自分と向き合う、「精神的なタフさ」ではないでしょうか。

とくに、武道という点でいえば、コントロールすべきは他人(敵)ではなく、恐れ・怠惰・迷い・傲慢に支配される自分自身の心であるということではないでしょうか。

武術・武道で得られるもの・健康

武道に限りらずスポーツでもいえるのですが、適度な運動は健康を促進するという一般論です。武道においては、とくに養生というので健康を語ることも多いと思います。

養生とは:

健康に気をくばり、病気にならないために何かの方法をやっておくこと。予防であり生命を養うこと。 (ウィキペディアより)

養生の目指すもの:

今は健康であるという人に対しても養生を心掛ける、それによって来年はもっと健康になり、年々健康になっているという自覚を生むこと。生きている限り生命を養っていく。

真の健康とは:

単に病気でないというだけでなく、活き活きと快適に過ごしている状態。心も体も活き活きと元気よく生きている状態をいう。

 

ここまでの結論からいえば、武道は「強さ」を求めるのが、動機であり、精神の強さと丈夫な体(病気にも負けない)を得られることが、武道の存在意義であるようです。

 

 

と。ここまでは一般論です。私が訴えたいのはここからです。

 

護身・危機回避能力を身につけること

護身=敵から身を守る、暴漢に襲われたら・・・ってイメージされると思います。もちろんそれもありますが、それは一般論。

ここでいう護身とは、日常で経験する、突発的な出来事を意味します。

「死角から自転車が飛び出してくる」「信号無視して出てくる人や車」「車の急な暴走」などです。

これは何を意味するかといえば、瞬時に身体が居付かずに反応し、動けるかどうか、ということです。

武術・武道で練り上げられた身体は、効率よく無駄なく自然な体の運用を可能にします。

空手の型や中国拳法の站椿(立禅)など、武道の基本稽古の中にそのエッセンスがあり、そこで養われます。

こういった稽古で養われたものは、筋力や体力とは違って身体の感覚で行われるので、簡単には衰えません(当然全くサボっててはその限りではない)。

身体の運用が効率よくなるので、不用意な怪我の防止にもなります。

また、身体を有効に使えて重心移動がスムーズになるので、あらゆるスポーツのパフォーマンス向上にもつながる。

というわけで、現代における武道の意義は、実は身近な所で活用できて、自身の身体を護りコントロールできるものなのです。

若くても年老いても、動けない身体では無駄な怪我をするでしょう。

自分の身は自分で護る、これが”武”の真理でしょう!

 


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