気功についての考察④(気功を不思議なパワーって解釈だけではオカルトなんで)

③の続き

古代の気功の認識

戦国時代(BC.403~221)に現れた最古の医書『黄帝内経』にある一文

0026

「中央はその地勢が平らかで湿気が多い・・・・・故にその病には痿(手足が萎える)、厥(気が上逆して陰陽失調)となるもの、寒熱(悪寒・発熱)のものが多い。 このような病気の治療法としては、導引按蹻が適している。 そういうわけで導引按蹻という治療法は中央部に発達したものである。」

(中央は洪水のため湿気が多かった場所、導引按蹻は「舞」やその他の動作を発達させて医学的につけられた名称)

 

 

『荘子』のなかにも導引の記述がある。

77939「深々と呼吸して、気の新陳代謝を図り、身体を熊が木にぶら下がったときのようにしたり、足を鳥が飛び立つときのようにすばやく伸ばしたりして、長命を保とうとする。 こういうことは導引の術を行う人、身体を強健にしようとする人、彭阻(養生法の開祖)のように長命であろうとする者などが好むことである」

 

 

導引按蹻について

これらをみてみると

肢体を動かし、呼吸を鍛練し、自己按摩を行うといった動的あるいは静的な鍛練法は、すべて導引に含まれていると考えられる。

lllimages

0_1275037244nZrg.gif

「按蹻」の字が初めて登場するのは、『黄帝内経・素問』の中である。

「按は皮肉を揉みさすることで、蹻は手足をすばやく上げることをいう。 導引按蹻は人々が神を養い、気を調えるために正道である」

「按蹻とは、蹻足(足を高く上げること)して按をすることである。」

按蹻は自分で自分に按摩することzu-nichi01

 

古代の人は自分自身で按摩を行うのが当然で、他人からやってもらうのを嫌ったようである。自分で身体を動かすことの方が他人にやってもらう按摩より利点が多いと考えられていたようである。

 

清代の『医故』という本に

「昔の按摩はみな自動運動で、身体を振ったりねじったり屈伸したり揉んだりすることで、関節や四肢の動きをよくした。そうすると身体は戸枢が使うことで朽ちないのと同様で衰えにくくなるのである」

他人から按摩してもらう方法は、後に発展して推拿と名を変えている。89688b13-5720-4f57-b6f3-c7f5739ca8e6

現在用いられている気功という名称は、中華人民共和国成立後に適用するようになったものであります。

中華人民共和国成立後は、中国共産党の対中医政策が徹底され、気功もまた整理・発掘されて改めて見直されるようになりました。気功の専門機関が誕生し、臨床実践や科学研究、さらに原理的研究などの面で画期的な成果があげられています。

つまり、現代の気功の元となったのは、源流は古代の気功ですが、実際は中華人民共和国成立後の共産党の歴史とともにあるといってもいいといえます。

次回は、その共産党との関わりと、その当時の日本について書いてみようと思います。


Prev Next

Comment

コメントを残す

CAPTCHA