『こいのぼり』っていつから?

 

img101911733295月5日は「端午の節句」、「こどもの日」ですね。そしてこの日が近づくと「こいのぼり」をあげます。

これっていつからで、しかもなぜ鯉なのか? そしてなぜ5月5日なのか? あまり考えたこともないと思います。私もそうです。

というわけで調べてみました。

端午の節句

端午の節句は元々、中国から入ってきたもので『厄払い』の行事。厄払いの行事がなぜ、男の子の行事なんでしょう?

中国では、旧暦の5月は病気が流行り亡くなる人が多かったことで、同じ数字が続く5月5日は悪い意味を持つ日と認識されていました。そのため、端午の節句には菖蒲を門にさしたり、菖蒲を漬けたお酒を飲んで厄払いをしていました。

47694519534047832319576638436106d2 日本で菖蒲(しょうぶ)は、武道・軍事を大切にする武士である尚武(しょうぶ)と同じ読み方である事と菖蒲の葉は先が尖っていて剣に似てる事から、男の子が誕生したら飾り付けとして成長を祝う行事となりました。

強い香りである薬草の菖蒲をよもぎと一緒につるして厄払いをするようになりました。

 

5月5日は子供の日

1948年に祝日として定められ、端午の節句をこどもの日と言われるようになった。 なぜ端午の節句が5月5日なのか?

『端午』=月の端(はじめ)の午(うま)の日。5月に限らず毎月初めの午の日が端午と呼ばれていました。

午は十二支で表すと5月

子(11月) 丑(12月) 寅(1月) 卯(2月) 辰(3月) 巳(4月) 午(5月) ・・・・・・

最初は5月の初めの午の日に節句として祝っていたが、後に端午の午(ご)が数字の5(ご)と同じ発音から5日になりました。

index

 端午の節句=5月5日 江戸時代に徳川幕府では重要な日に

江戸城で将軍をお祝いする日が5月5日と定められていました。そして将軍に男の子が生まれると5月5日に男の子のお祝いをするようになりました。

この時に幟(のぼり)を立ててお祝いをしていた。この時点では『こいのぼり』ではありません

次に、将軍に男の子が生まれると幟を立てる事が武家の間に広まっていきます。武家も男の子が生まれると幟を立てて子供を祝うようになります。

これが次第に庶民にも広まっていきます。

庶民の中でも経済力がありながら、立場的に低かった人たちが『武家に負けてられるか!』と幟を立て始めました。

 

幟(のぼり)が鯉になった理由

1280px-Han_Chronicle_Empress_Deng 中国の正史、二十四史の一つである『後漢書』による故事で、黄河の急流にある竜門と呼ばれる滝を多くの魚が登ろうと試みたが鯉のみが登り切り、龍になることにちなんで「鯉の滝登り」が立身出世の象徴になった。koisaisiki こういった故事から、庶民は中国で言い伝えられていた立身出世の鯉の滝登りをイメージし、今までの幟に鯉を描き、端午の節句のお祝いにしたのが、『こいのぼり』の最初であります。

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おまけ

端午の節句の代表曲と言えば

やねよりたかい~♪
の「こいのぼり」ですよね!

しかし、あの歌
「お母さん」が出てこないのは
なんだか不思議じゃありませんか?

 

やねよりたかい こいのぼり
おおきいまごいは おとうさん
ちいさいひごいは こどもたち
おもしろそうに およいでる

 

出てきませんよね?

気になる・・・。
どうして出てこないのか?
「こいのぼり」の歌のルーツを探ってみました!

 

お母さんが出てこないワケは時代背景だった!!

こどもの日にはすっかりおなじみの
「こいのぼり」の曲。

鯉のぼりと男の子

この曲が作られたのは1910年のこと。100年以上前の作品なんです!!

作詩者は近藤宮子さんという女性です。そして作曲者は不明です。

歌の絵本にもこのように書かれています。

 

歌絵本

さて、この1910年という時代。世の中はどんな様子だったかというと・・・

  • 選挙権が一部の権力者しかない!
  • 言論の自由、結社の自由、集会の自由がない!
  • ストライキできる権利がない!
  • 男女平等もちろんない!
  • 部落差別がある!

という、今では考えられない思想がまかり通っていた時代でした!

「女性は男性を立てて生きるのが当たり前」という考えが残っていました。

「女はそんなに勉強せんでもいずれ結婚して家庭に入るんやからそれでいい」

って少し前なら、そう言われてました。今言ったらクレームの嵐かも(>_<)

 

不満

 

女性が公に出るなんて、滅相もない!!

そういう風潮の中で作られた「こいのぼり」

時代背景が分かるとお母さんが歌詞に出てこないのが
納得できますね!

ちなみに、作詞をした近藤宮子さんも男性を立てて、自分は陰から見るというスタンスの持ち主だったそうです。

 


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