桜は縁起の悪い花?

6f105f05137000e9ed55dfa21f063d61 桜にまつわる民間伝承なのか、都市伝説なのかはわかりませんが、縁起が悪い不吉な話がいくつかあるようです。

 桜の木の下には死体がある。

「桜染め」という綺麗なピンク色で染める手法があるのですが、これは桜の花びらを使うのではなく、桜が咲く前の小枝を使います。

この桜の小枝を煮詰めたり冷やしたりすることで綺麗なピンク色に染まるのですが、「桜の色の素」をこの小枝が溜めていることから、桜の花がピンクで綺麗なのは「死体の血を吸っているからではないのか」という話が、出てきたりしたからであったりします。

ただこの元ネタは梶井甚次郎氏の小説「櫻の樹の下には」ではないかというのが真相らしい。

また別説では、何らかの理由で墓を立てることができない時、桜に限らず目印になる草木を墓標とし、桜の木の下に遺体を埋葬したのではなく、遺体を埋葬した上に桜を植えた。

さらに別説として、神の依り代となる神木(桜は田の神様)の前で、供養となる動物を捧げた。動物では効果がない場合は人が生贄になった場合も考えられます。

 

おめでたい席の桜湯や桜の季節の結婚は縁起が悪い

桜はパッと咲いてパッと散るから縁起が悪い。また、桜の花びらは種類によっては散り際になると花の色が急速に褪せていくものだったり、散った後にすぐに「色褪せる」ということから「心が変わり」を意味することなどから、そう言われるらしい。

 

ただ江戸時代中期位から、「桜咲く=めでたい」という意味になったらしいです。ちょうどお花見が庶民の楽しみになった時期ですね。

 

25041033263これは京都の鴨川の三条河原です。この時期は鴨川沿いは桜の木がずーっと咲き乱れて綺麗なものです。

三条河原、歴史に詳しい方ならここが昔、どんな場所であったかは御存じではないでしょうか?

そうです。ここは処刑場でした。鴨川の三条河原、六条河原では、よく人が斬られていました。maxresdefault 有名なところでは、豊臣秀吉は、甥の豊臣秀次の親族をここで処刑しています。豊臣秀次は、子のなかった秀吉の後を継ぐことになっていたのですが、それが決まった後に秀頼が誕生したために、秀吉は秀次を疎ましくなり、高野山に追放。 そして切腹させました。

さらに秀吉は、何の罪もない秀次の親族を三条河原に連れ出し、次々と首をはねていきます。幼い子供さえも。

秀吉はこの地で、その他に石川五右衛門も釜茹にしています。

新撰組の近藤勇は板橋で斬首されたあと、三条河原でさらし首にさらされています。

この三条河原では数々の処刑が行われ、当時はいわば不吉な場所の代名詞の土地になってしまっていたんではないでしょうか。

そんな嫌なイメージを払拭すべく、川沿いに櫻に木を植えて、人が陽気に集まれる場所への演出をはかったのではないかと思えて仕方ありません。

こういったことも桜が不吉なイメージに映る要因の一つかもしれません。

お花見の楽しみ方はいろいろありますね。楽しんでくださいね(*^_^*)


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