養生法と武道の本質は同じ

人はいつまでも、笑顔あふれる毎日で、いきいきと過ごしていきたいものkazoku-egao

そのためにさまざまな健康法が世に出てきてますが、それを実践する人、あるいは三日坊主で終わる人、全く気にせず過ごす人など、それに対しては人それぞれです。

中国の古典の医学書『黄帝内経』においての書き出しにはこう書かれています。黄帝が岐伯先生に問う、という形式で書かれています。photo_1

「昔の人は百才になっても元気だった。今時の人は五十才になるともうヨボヨボだ。その理由を聞かせてくれ」と。

それに対して岐伯先生が答えているのですが、その答えが現代でも通じる養生法として活かせられるものばかりです。紹介すると、

  1. 飲食に過不足がないようにすること。
  2. 心身共の過労を戒める。(ストレスを溜め込まない)
  3. 酒に酔ってセックスはよくないし、むやみに精を放出しない。
  4. 春夏秋冬の自然の状態に調和した生活をすること。

好きなものを好きなだけ食べれば、これほどいいものはない。ストレスを処理するのはなかなか困難な世の中ですが、とにかく無理をしないことが大切。快楽に溺れてのセックスは病みつきになるでしょうし、最悪のパターンは気持ちいいからと薬物を併用しての行為。

いろいろと挙げればキリがないですが、どれも日々己で気をつけてコントロールすることで実践できるものばかり。

いかに自分を諌めれるか?ということです。健康でありたいと願うなら・・・・・

 

image話は変わって武術・武道についてですが、現代社会においての生活では、はっきりいえば必要がないものだといえます。男の人であれば、強さへの憧れやカッコよさをイメージして、そうなりたいと思ったことは一度や二度はあるでしょう。私もそのうちの一人です。

そうなりたい自分をイメージして武道を始めていく人が、いざ稽古に入ると、楽しいだけでなく、厳しく辛い稽古もあるわけです。

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自分の身体をいじめ抜いたり、厳しい練習で逃げたくなる気持ちも出てきます。逃げてやめてしまえば、理想とするものは得られません。

練習など休んで、青年期なら彼女とデートしたり、中年なら飲みに行ってほろ酔い気分でその日をやり過ごすほうが、楽しくて辛くもないでしょう。

そういった邪念を振り払って、いかに自分をコントロールし諌めるか、これに尽きるとおもいます。

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養生法と武道に共通することは、”自分が日々をどう過ごすか、日々の身の振り方をどうするか”、ということだと思います。

とくにある程度の物心ついた人なら、誰にも強制はされないわけで、全て自分の責任においての身の振り方です。やりたくないならやめる自由もあり、続けるのも自由です。

自由であるということは自分の責任が伴う行為になりますね。

武道を続ける才能と、養生、これはダイエット法にもいえることですが、それを続けられる才能は同じだと思います。

なりたい自分と向き合いどう対処するか、自分の考えやポリシーをしっかり持って己の信念を信じて続けていけるか、それがポイントだと私は思います。

”自分をちゃんと持った”人で、他人責任にしない、自分で責任のとれる自立した人間は、続けられるとおもいます。養生も武道も、さらには自分の抱いてる夢も。

だから本質は同じなんだと思います。


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