京都魔界案内~赤山禅院~

比叡山の麓にあって、京都の北方鬼門に位置する洛北修学院。叡山電車・修学院駅から、修学院道を上がっていくと、赤山禅院山門の大きな鳥居から、美しい参道がつづく。sekizanzenin01IMG_1550

ここは延暦寺の末社でありながら、赤山明神を本尊として祀る神仏習合の珍しい寺院。

838年、慈覚大師 円仁が唐に渡り、山東半島に立ち寄って赤山明神に参拝しました。 赤山明神とは、中国の泰山にある泰山府君のことをいう。つまり、天に在っては「赤山明神」で星神・福禄寿、地に在っては「泰山府君」で人の寿命を司る神と考えられ、様々な信仰を集めてきました。sekizan ema

話はもどって、慈覚大師が帰国のとき、船が嵐で転覆しそうになったが、赤衣に、白羽の矢を背負った明神に護られたという。これが赤山明神の泰山府君である。大師は比叡山西麓への勧請を約束しました。

大師の遺命で888年、弟子の安慧(あんね)僧都が堂宇を創建。泰山府君を祀って守護神とし、延暦寺の別院としました。

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泰山府君は陰陽道の祖師で、病気平穏、寿命や福禄、魔除け、栄達などの運命を司る力の強い神です(祖師として位置づけたのは、平安中期の陰陽師・安倍晴明であるという)。

病を癒す祈祷を「泰山府君祭」というが、この神の偉大な力を示す証拠に、安倍晴明が病気平穏の祈祷をする際も「泰山府君祭」と唱えている。

中国山東省の泰山の麓は、命が生まれるところ。そして死後にいくところでもあり、死者が生前の行いについて裁きを受ける冥府があるという。仏教でいう閻魔の庁のようなところで、泰山府君は閻魔王の書記ともいわれています。IMG_1564

御所~幸神社~赤山禅院の鬼門封じの延暦寺

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794年に開かれた平安京は、もともと「青龍・白虎・朱雀・玄武」の「四神相応」で知られるように、方位を大切にして創られた都であった。

平安時代、陰陽道が、朝廷をはじめ民衆にまで広く信仰されるようになり、陰陽道では北と西は陰、東と西は陽とされます。その境目である東北と西南は、陰陽が反転するところで、鬼が出入りする忌むべき方角とされ、東北は表鬼門、西南は裏鬼門と呼ばれます。

赤山禅院は、御所の東北に位置し、また本尊の赤山大明神が陰陽道の祖師とされることから、表鬼門を守護する方除けのお寺として信仰されるようになった。

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表鬼門を守護するしるしとして、赤山禅院の拝殿の屋根には、鬼門除けの猿が居てます。猿は鬼門とは反対の方角である西南西を指すことから、邪氣を払う力があるとされている。金網の中にいるのは、かつて夜になると暴れ出し、いたずらを繰り返したため閉じ込めたのだと言われています。

それから、この鬼門封時の猿、比叡山延暦寺の地主神・日吉神社の使いで、右手の御幣で災厄を祓い、左手の鈴をかき鳴らして魔物を追っ払う。さらに御所の猿が辻の猿と呼応して鳴き交わし、御所の鬼門を護っているという。

さらにこのラインの間にも魔除けの猿がいてる幸神社というのもあります。【幸神社について】image

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赤山禅院には「日本気象発祥地」という石脾もありました。

もう季節は終わりましたが、紅葉時期は綺麗な場所です。IMG_1563IMG_1553

 


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