京都魔界案内 ~木嶋坐天照御霊神社(蚕の社)~

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京都市右京区太秦に、養蚕技術で秀いで、絹をうず高く積み上げた秦氏と関係のある神社があります。

「太秦」とかいてウズマサと読む。『日本書紀』の雄略紀によれば、太秦の命名の由来は、次のようである。

雄略天皇は、あちこちに四散していた秦氏の民を集めて、寵臣秦酒公(はたのさけきみ)に賜った。そのため、酒公は各種多数の村主を率いるようになり、租税として絹を朝廷に沢山積み上げた、天皇は庭先にうず高く積まれた絹の様子を見て、酒公に禹豆麻佐(うつまさ)という姓を賜った、と。 この説によれば、秦酒公が賜った姓がウツマサで、それが転じて秦酒公が住んでいた付近がウツマサと呼ばれるようになった、とされる。6FD958F22DFA486C9110F28FA563C7CC_L 秦氏は養蚕技術の専門技術を独占していたとされる。古墳時代に朝鮮半島から渡来し、製陶、養蚕、機織りなどのすぐれた技術をもって勢力は絶大であった。

秦氏一族は無限の富を生む蚕に感謝して、養蚕・織物・染色の守護神である萬機姫(よろずはたひめ)を勧請し、太秦の地に奉祭した。それが、俗に「蚕の社」と呼ばれる養蚕神社である。20111231000521 鳥居をくぐって一歩木嶋神社の境内に入ると、巨木が鬱蒼と茂る太古の森。正面の石段を登り拝殿の前に立つと、拝殿の向こうに二つの社が建っているのが見え、左側が木嶋神社本殿、右側が萬機姫を祀る養蚕神社です。hatashi12

元糺(もとただす)の池と三柱鳥居

E58583E7B3BAE381AEE6B1A0-00cda 本殿左側の一段低くなった所に、繁茂した樹木に囲まれた池があり、「元糺の池」と呼ばれている。四季を通じて清らかな水が湧き出て、10月10日の長季の土用の丑の日には、この池に手足を浸すと無病息災で諸病によいという庶民信仰がある。

「糺」は「正しくなす」、「誤りをなおす」という意味。身に罪や穢れがあるとき、この池は禊ぎを行って身を清める場所。ただ近年、なぜか水が湧き出してこないという。

 

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元糺の池の奥に特異な形をした鳥居が存在する。三柱鳥居である。中心には石積みの神座があり、神の宿る場所として崇拝された。

特異な形をした建造物だけに、さまざまな説がある。秦氏に関わる稲荷山、松尾山および双ヶ丘の遙拝所。hoi

冬至の日、稲荷山から登る朝日と、松尾山の磐座がある日埼峰に落ちる夕日は、この鳥居の二面から正面に拝することができ、もう一面からは北の双ヶ丘を正面に遙拝できるというのが、その根拠である。

また、景教(古代キリスト教)の遺物だという説もある。秦氏が渡来する6世紀以前、唐には東方キリスト教の「景教」が伝わっており、その寺院は「大秦寺」と呼ばれていた。また、平安の都市が碁盤の目・十字架のような十字路になっており景教と関係があるのではないか、と言われている。2196946_orig03f79f8eb6c549e183da7a33580b2267

秦氏に関連する説は、集めればキリがなく、忍者は秦氏の出であるとかいろいろあります。

京都右京区の太秦には、秦氏の謎を秘めた広隆寺や大酒神社など多数あります。

太秦の名所は映画村だけではありません。おもしろい場所です。

 

木嶋神社アクセス : 京福電鉄嵐山線「蚕の社」または、京都市バス「蚕ノ社」下車。


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