大阪魔界案内 鵲森宮(森ノ宮神社)

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大阪市天王寺区に聖徳太子が建てたとされる『四天王寺』があります。

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ところが、この「鵲森宮(森之宮神社)」の由緒書には、”元四天王寺”と書かれています。
その部分を抜粋してみると
《大阪が「押照や難波」と詠まれ今から千四百年前、589年七月、聖徳太子は物部守屋との戦いに必勝を祈願され、勝った暁には四天王像を造ることを誓われました。
その戦いに勝利されて、先ず父母の用明天皇と穴穂部間人皇后を神としてお祀りなさった。その後、太子は四天王像を造り、この森に元四天王寺を創建なされたのです。
初め境内地も方八町あり、本殿、拝殿始め楼門に至る迄華麗で、目を驚かすばかりだったようです。
それゆえ古地図、古文献等にも多数記された由緒ある古社で、さらに用明天皇並びに穴穂部間人皇后を祭る日本唯一の”神社”です。》
と記されており、この地から25年後に現在の荒陵山に移転し、この社はそのままにされたそうです。

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ただここで疑問が起こります。
聖徳太子は日本で初めて仏教を広めようとし、敵方の物部守屋は神道の人であり、この戦いはいわば、「仏教」vs「神道」であります。
なのに勝利した、聖徳太子が何故、”神社”を建てたんでしょう?

聖徳太子とはいったい何処からきて、何を意図していたのだろうか?

大阪城公園近く、JR森之宮駅を降りて向かいにこの謎を残した神社があります。

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一度御参りしてみてはいかがでしょう。


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