京都魔界案内 河原院

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「河原院」とは、
平安初期の貴族、源融(みなもとのとおる)の邸宅で、源融とは紫式部「源氏物語」の主人公と光源氏のモデルとされた人物である。

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そしてまた、源融の邸宅であった河原院も「源氏物語」の中で光源氏と夕顔が最後の夜を過ごした「某の院」であり、夕顔が鬼に殺された所にあたる。
この河原院、実は当時から何かと曰く付きの場所で、源融の幽霊が出ることで平安時代に恐れられたミステリーゾーンであった。
では、源融とは
嵯峨天皇の皇子でありながら臣籍降下し、「源氏」を名乗った源融はそれでも左大臣まで頑張って昇りつめる。
だが、融よりも下位の藤原基経に追いやられ出世ラインから外される。
しかし陽成天皇が譲位する時のこと、源融は一念発起して「我も皇胤(こういん)の一人」と天皇の座を狙う。
ところがまたしても藤原基経に退けられたのであった。天下を動かすだけの力を持った人であったろうから、鬱積した想いを抱え源融の不遇の人生はかなりのものであったに違いない。
いつしか六条河原院には怪しげな霊気が漂い幽霊が出没すると噂された。

証言その一
源融が亡くなった後、六条河原院は宇多上皇の手に渡った。そこで宇多上皇は融の亡霊に遭遇している。

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宇多上皇は源融と同じく、一度臣籍降下し源氏を名乗ったが、後に皇族に返り咲き即位した天皇である。
その宇多天皇の後押しをしたのが、藤原基経であった。融の怨霊が荒れ狂うのも頷ける人物相関図である。

証言その2
源融は光源氏のモデルとされた人物である。だから融自身も女好きのプレイボーイであった。
平安時代の終わり頃の話。
東国から都に来た若い夫婦がいた。
その夫婦は六条河原院に一夜の宿を求めた。
夫が馬をつないでいる間に妻は邸の中に引き込まれてしまう。夫が助けに行こうとしても戸は内側から硬く閉じられ全く開かない。
仕方なく夫は斧で引き裂きなんとか部屋に飛び込むが、そこにあったのは妻の変わり果てた姿であった。
血を吸い取られ、死骸は鴨居から吊るされていた。
まさしく猟奇殺人、そこの住む鬼と化した源融の仕業と思われた。
この六条河原院では、なぜか若い人妻だけが襲われたという。

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現在の六条河原院跡地には何の面影もないが、なぜか陰湿とした雰囲気を感じるのは私だけであろうか。


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