氣のはなし①

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氣の話をすると、怪しい雰囲気を醸し出してしまうので気をつけないといけません。
しかし、東洋医学を語るうえでは必ずや出てくる”氣”。
ある雑誌に書かれてた”氣”の説明を抜粋してみると

目には見えないが、確実に作用する力 ― 流れる、不可視のエネルギー。それが「氣」である。

春先、地平線がゆらめく陽炎、真夏、青々とした空に躍動する白い雲、闇夜を切り裂くような稲妻… こうした自然現象のなかに古代人は、人智を超えた力、生命力の実相としての氣を想念したと言われている。
中国やインドには、人類の誕生や天地について、興味深い神話や伝説があります。
そこでは、人間を、大きな宇宙の中の小さな宇宙と考え、大自然であれ、人体であれ、あらゆるものに氣は流れており、氣が流れていない場所はないとしました。

image「天地のできる前、混沌としたモヤで、形もなく、色もなく、味もなく、名前もないので、仮に道(タオ)と呼ぶことにしました。 このタオは全ての根源、基礎であり、1つに集まると氣になり、散りじりになると天地になった。」
こう語る道教の文献は、中国人の氣に対する考えをよく示しています。

これらをみると、なにかしらの作用、変化を起こす力が”氣”と捉えておけばいいと思います。

例えば、夜帰宅すると部屋の照明のスイッチを入れますよね?
すると明かりが灯り快適な状態で部屋に居られます。
このとき明かりが灯ったのはスイッチを入れたからではなく、”氣”が作用したからで、我々は「電気」と呼んでいるものです。

目には見えないけれど確実に作用させる力、それが”氣”なんです。
まずは、そこをおさえておけば東洋医学の”氣”もちょっとは理解できると思います。

 


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