きれいな心

中国の河南省に嵩山少林寺があります。中国武術の発祥地とも言われ、今まで数多くの映画の舞台にもなっています。
少林寺は禅の祖庭でもあり、精神の訓練はとても重要です。

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禅の考え方では、人間は元々の心はきれいで、欲というのは後天的に出てくるものとされている。欲をたくさん身につけてしまった人間が、きれいな心の状態に戻るためにはやはり修行が必要であると。
自分を忘れ、いっさいの欲を捨てる。自分までも忘れたらもう怖いものもなく、悲しいとか怖いとかいう感情とも縁がなくなる。例えば死ぬことも平気だったら、世の中のどんなことでも乗り越えられる。
心の状態をそこまでもっていくのが、少林寺の精神訓練の目標だそうです。

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武術でも太極拳でも気功でも、禅の気持ち、すなわち心を静かにすることが大切です。それができるようになると今度は自然に動が生まれ、意識に関係なく身体が自然に動き出す。気功ではこれを自発功というそうです。
自発功で出てくる動作の中には、ダンスや変わった動きもあったり、人によって様々です。武術を習っていれば、武術の動きをしながらも、動きの中に心の静けさを感じさせる動きを見せるでしょう。

一般の人(武術経験者でない人という意味で)が気功訓練を始めたばかりのときは、まだ欲がたくさんあり、その欲は深く、雑念も多い。だから練功の特定の型の練習を続けることで雑念を取り払うようにする。それが一定レベルに達すると、型に頼らずとも自然に自分本来の心の状態になることができます。
これはつまり、日常生活そのものを修行と考え、行動するということである。
人とのつきあい、仕事、悩みがちな問題に対処するときに、修行ということを心がけていれば、それまでと違った自分が見えてくるであろうと。
常に心の安定を保ち、清廉な心でいるということが、武術、気功ももちろんですが、生きる上で大切なことだと説いているんでしょう。

これもある意味、養生といえるでしょう(^-^)v


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